思考が詰まらない人のデジタルOS設計。情報は倉庫に溜めるな、水路に流せ

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気になったフレーズはメモアプリに保存。こうして「いつか使うかもしれない情報」を丁寧にストックし続けた結果、私の情報管理は破綻しました。

もし今、「ブックマークが数百件溜まっている」「メモアプリに散らばった断片が活用できていない」「Notionのデータベースを作ったけど見返さない」という状態に心当たりがあるなら、この記事は読む価値があるかもしれません。

問題は情報の量ではなく、「溜める」前提で情報を扱っていることにありました。

情報を倉庫に保管するのをやめて、水路のように「流す」設計に変えたら、思考が詰まらなくなった。その実験記録を共有します。

なぜ情報を溜めると疲れるのか。その構造を知ることから始めてください。

目次

「完璧なシステム」を追い求めた迷走期

最初に告白しておくと、私は情報管理ツールのジプシーでした。

Evernote → Notion → Obsidian → Notion に戻る → やっぱりObsidian。

ツールを乗り換えるたびに「今度こそ完璧なシステムが作れる」と思い、移行作業に膨大な時間を費やしました。

フォルダ構成を何度も組み直し、テンプレートを設計し、タグの命名規則を考え……。

でも、どのツールに移っても同じことが起きました。

最初の2週間は熱心に使い、1ヶ月後には放置し、3ヶ月後には別のツールが気になり始める。この繰り返しです。

当時は「自分に合うツールが見つかっていないだけだ」と思っていました。

でも今振り返ると、問題はツールではなく、「情報を溜めること=整理すること」だと勘違いしていた自分の思想にありました。

なぜ「溜める」と思考が詰まるのか

情報を溜める行為には、ある種の心地よさがあります。「保存した」という達成感。「いつでも引き出せる」という安心感。でもこの安心感には罠があります。

罠①:「保存した=理解した」錯覚

記事をブックマークした瞬間、脳は「この情報は処理済み」と判断してしまいます。

でも実際には何も理解していない。ただURLを保存しただけです。この「保存=理解」の錯覚が、情報を溜めるほど知識が薄くなるという矛盾を生み出します。

罠②:「いつか使う」が永遠に来ない

「後で使うかもしれないから保存しておこう」。この判断基準で情報を溜めると、倉庫は際限なく膨らみます。

そして膨らんだ倉庫を前にして「何がどこにあるか分からない」状態になる。

結局、必要な情報を探す手間が、ゼロから調べる手間と大差なくなります。

罠③:「ツールが悪い」と思ってしまう

情報が活用できないのはツールの検索性や操作性のせいだ。そう考えた瞬間、新しいツールへの乗り換えが始まります。

でも本質的な問題は「溜める思想」にあるので、どのツールに移っても同じことが起きる。

ツールを変えて解決するのは、インターフェースの問題だけ。思想の問題はツールでは解決しないのです。

「倉庫」から「水路」へ──思想の転換点

あるとき、ふと気づいたことがありました。

自分が本当に「使えた」情報は、丁寧に保存したものではなく、何度も目に触れて、自分の言葉で考え直したものだけだったということです。

たとえば、あるビジネス書の一節。ブックマークしたものは忘れたけれど、Twitterで自分なりの感想を書いたフレーズは覚えている。

ノートに転記しただけの引用は思い出せないけれど、自分の体験と結びつけて書き直したメモは、数ヶ月後でもスッと出てくる。

ここで発想が変わりました。情報管理の目的は「保管」ではなく「通過」させること。

情報を倉庫に入れて鍵をかけるのではなく、自分の思考という水路に流して、通過する過程で形を変えさせる。

残るべき情報は、水路を通過した後に自然と残る。わざわざ保管しなくても。

これに気づいてから、ツールへの執着が一気に薄れました。ツールは水路の「形」を決めるだけ。
水の流れ方。つまり情報をどう通過させるかという思想のほうが、はるかに重要だったのです。

道具に執着しない考え方は、このブログの核となる哲学に基づいています。

私の「思考OS」──実際の設計図

現在の情報の流れを具体的に共有します。完成形ではなく、今も微調整を続けている「永遠のベータ版」です。

入口:Obsidian──「思考の作業台」

情報を最初に受け止める場所。ここでは綺麗に整理することを一切求めません。

思いついたこと、気になった記事のメモ、読書中のフレーズ。全てをデイリーノートにまず書き散らします。

ポイントは、「保存」ではなく「書き散らし」であること。

フォルダに分類もしません。タグも最小限。とにかく思考のスピードを殺さないことだけを重視しています。

通過:週次レビュー──「ふるいにかける」

週に一度、その週のデイリーノートを見返します。ここが「水路」の核心部分です。

見返す際のルールはシンプルで、「1週間経っても気になるものだけ残す」。書いた時は重要だと思ったのに、1週間後に見ると「別にどうでもいい」と感じるメモが大半です。

それでいい。忘れた情報は、自分にとって本当は必要なかった情報なのだと割り切っています。

残ったものだけを、Obsidian内のプロジェクトノートや思考ノートに統合します。この段階で初めて「構造化」が始まります。

出口:Notion──「仕上げのショーケース」

Obsidianで練り上げた思考を、人に見せる形に整える場所。ブログの構成案、SNSの投稿下書き、テンプレートの設計など。

Notionのデータベース機能を活かして、ステータス管理と進捗の可視化を行います。

以前は全てをNotionでやろうとして破綻しました。

Notionは「整理された状態」を維持するのが得意なツールですが、「考えている途中の混沌」を受け止めるのには向いていない。

思考のフェーズごとにツールの役割を分けたことが、私の情報管理が安定した最大の理由です。

この設計が向いている人・向いていない人

  • 情報を溜めているのに、アウトプットに繋がっていない実感がある人
  • ツールを何度も乗り換えているが、根本的な満足感が得られない人
  • 「完璧なシステム」ではなく「動くシステム」が欲しい人
  • 情報整理にかける時間を減らし、考える時間を増やしたい人
  • 研究者やアーカイバーなど、情報の網羅的な保存が業務上必要な人
  • ツールのカスタマイズや構築プロセスそのものが楽しみの人
  • 現在の情報管理で特に困っていない人

「流れる設計」が、思考の余白を作る

情報管理の正解は、きっと人の数だけあります。ただ一つ、私が確信していることがあります。

それは、情報の整理に時間を使っている限り、思考に時間は使えないということです。

完璧なフォルダ構成も、美しいデータベースも、それ自体は何も生み出しません。整理は目的ではなく、思考を流すための「水路」を整備する手段にすぎない。

水路を作ることに夢中になって、肝心の水を流すのを忘れてしまっては意味がありません。

私の思考OSは、今日もまだ未完成です。来月には構成が変わっているかもしれないし、新しいツールを試しているかもしれない。

でもそれでいいと思っています。完成しないこと自体が、思考が流れ続けている証拠だから。

大量の情報を抱えて身動きが取れなくなる前に、まずは一つだけ試してみてください。
「1週間後にまだ気になるか」で情報を選別すること。それだけで、驚くほど頭が軽くなります。

疲労の正体がわかったら、次は「スペック競争から降りる」という選択肢を検討してみてください。

また、情報を受け取りすぎないためには、自分なりの「水路」を持つことが有効です。

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